友田明美「子どもの脳を傷つける親たち」

 本当に自分が何で悩んでいるのかが明確になった著書であった。つまり、我が家で行われていた「子どもへの言動」や「夫婦間の言動」が、異常であったのか正常であったのかということである。

 これまで複数の著書を参考に、色々考えた結果、段階論として整理されるのではないかと考え始めた。それは、以下の4段階である。

 ①法律的に刑罰に値するもの(虐待)

 ②離婚裁判で「その他、婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」として認められる程度のもの

 ③専門家としてはやめるべきだとする程度のもの(科学的には証明されつつあり、本書でマルトリートメントとして定義している内容)

 ④子どものより望ましい成長を促すために、もっと言えば、不透明な時代に自ら切り拓くことができる大人になれるように、よりセンシティブに考える程度のもの。

 私自身も本書を読むまで、マルトリートメントという概念が存在することすら知らなかったわけだが、③の理解が進み、①②の領域もそのような考え方が積極的に取り入れられることが必要であると思い至った。


 虐待という言葉がもつ響きは強烈で、ときにその本質を見失うおそれがあるため、わたしたちの研究では、強者である大人から、弱者である子どもへの不適切なかかわり方を、「虐待」とは呼ばずに「マルトリートメント(maltreatment)」と呼んでいます。

 …言葉による脅し、威嚇、罵倒、あるいは無視する、放っておくなどの行為のほか、子どもの前で繰り広げられる激しい夫婦げんかもマルトリートメントと見なします。

 日々、子どもと接するなかで、こうしたマルトリートメントがまったくないという家庭など存在しないでしょう。

 しかしながら、マルトリートメントの強度や頻度が増したとき、子どもの小さなこころは確実に傷つき、成長過程の脳は変形する可能性があることを、わたしたち大人は見逃してはいけません。

 これまで、学習意欲の低下や非行、うつ病や摂食障害、統合失調症などの精神疾患は、主に生来的な要因がもとで起こると考えられてきました。しかし、脳科学の研究が進むにつれ、子ども時代に受けたマルトリートメントが脳に悪影響をおよぼし、結果、こうした症状が出現、もしくは悪化することが明らかになってきています。

子どもの人格を否定する言葉は「しつけ」にならない

 体罰の項でも述べましたが、しつけとマルトリートメントは違います。

しつけとは、子どもの行動を正し、生きていくうえで必要なスキルやマナーを身につけさせることです。

 子どもが他人に向かって物を投げつけたとしたら、「相手を傷つけることになるから、そういうことはしてはいけない」と、道理を教えるのがしつけです。「人に物を投げるなんて、お前はクズだ」、「だからあんたはダメなのよ」などと言うのは、決してしつけではありません。

 罪を憎んで、人を憎まず―。

 正すべきはその行動自体であって、成長段階にある子どもの人間性ではありません。人格を否定したところで、子どもは決して「人に物を投げてはいけない」という教訓を学びはしません。代わりに、「自分はだめな人間なのだ」という強いメッセージを受け取り、それが自己肯定感の低下につながります。何をするにも自信がもてなくなるばかりか、人の顔色を始終うかがい、その場しのぎの嘘や出まかせを、頻繁に口にするようにもなるのです。

 子どもにとって、親の評価というのは絶対です。みなさんも子どものころはそうだったのではないでしょうか。成長して社会を知るようになれば、「大人だって間違えることはある。いつだって正しいわけじゃない」と、比較的冷静に受け止められるようにもなりますが、それでも親に言動を打ち消されるということは、何歳になってもこたえるものです。小さいうちはなおさらです。

 幼い子どもにとって親から否定されるということは、全世界から否定されるのと同じです。たとえその場では口ごたえをしたり、聞いていないような素ぶりを見せても、子どもはちゃんと聞いています。そして、こころも身体もショックを受け、傷つくのです。

 親のほうはといえば、子どもから望ましい反応が得られないと、ますます冷静さを失い、子の状況など目に入らず、さらにきつい暴言を吐いてしまうこともあります。

 いつしか、とげとげしい物言いが当たり前のようになってしまう家庭もあります。暴言の一つ一つは小さな毒かもしれませんが、感受性が強く、柔らかな子どもの脳には、ボディーブローのように、ダメージが少しずつ積み重なっていきます。

 毎日の生活のなかで習慣化してしまうと、当の本人はなかなか気づかないものです。一度、自身の子育てを振り返り、ふだん子どもに対して使っている言葉、口調を見直してみてください。最近、少しきつくなっているかもしれない――そう感じたら、今日から軌道修正をしていきましょう。そして、その反省の気持ちをぜひ言葉にして伝えましょう。

 子どもは許すことにおいて、天才です。

子どもは親からの評価があってこそ健やかに育つ

 子の頑張りを親が否定してしまうということも、子育ての場面ではよくあることです。子どもが一生懸命何かに打ち込んでいるとき、本来ならばその姿勢を褒め、評価すべきであるのに、親の必死な気持ちが先走り、「いや、もっとできるはずだろう」、「なぜこんなこともできないの?」などと言って、子どもを傷つけてしまうことは多々あります。これはわたし自身の子育てを振り返っての反省点でもあります。

 先日、次女からこんなことを言われました。

「子どものころ、人前で何度も暗算の練習をさせられたでしょう? うまくできないからと笑われて、とてもいやだった」

 十年以上たったいまでも、つらい思い出として深くこころに刻まれているそうです。そういえば、彼女が小さいころ、苦手な暗算をどうにか克服させようと頑張っていた時期がありました。当時は、「プレッシャーに強い子にすること」が、わたしの子育て方針の一つだったのです。たしかに人前で練習させたこともありました。そして間違えると、愚痴まじり、謙遜まじりに「困ったことにねえ」と他人に苦笑いしてみせたのでしょう。わたしはそのことをちっとも覚えていませんでしたが、彼女はずっと忘れずにいたのです。

 大勢の人の前であがらずに実力が発揮できるのはすばらしいことです。しかし、人間が生きていくうえでもっとも重要なことではありませんし、子どものプライドを傷つけてまで教え込むべきことではないと、いまならわかります。

 親には子どもへの教育の義務があり、子の将来を思えば必死になるのも致し方のないことですが、冷静さを欠いた教育、しつけは、結局のところ子どもを傷つけ、成長の「のびしろ」を縮めてしまうこともあるのです。このことは、わたし自身の苦い経験とともに、 いま子育てをしているみなさんに強くお伝えしたいところです。

 子どもにとって親に認められることは、人生の基盤になります。その事実を、われわれ 大人は今一度しっかりと認識する必要があります。

面前 DV~両親間の暴力・暴言を見聞きすること

 精神的なマルトリートメントの多くは、子どもに対して強い言葉を使って脅したり、否定的な態度を示したりするものです。それに加えて近年では、直接子どもに向けられた言葉ではなく、たとえば両親間のDVを目撃させるような行為(面前DV)も、子どものこころと脳の発達に悪影響があるとして、精神的なマルトリートメントであると認識されるようになりました。

 児童虐待防止法では、二〇〇四年の改正後、第二条の児童虐待の定義のなかに、

「児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者〈婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。〉の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)」 という文言が含まれています。

 先に引用した警察庁の調査でも、平成二八年に通告のあった「心理的虐待」の内訳をみ ると、面前DVは、全体の四六・一%を占め、以前より増えてきていることがわかりました。

 DVとは、前述のとおり「ドメスティック・バイオレンス」、いわゆる家庭内暴力のこ とで、特に夫婦・恋人間の精神的・肉体的苦痛や暴力を指します。

 内閣府男女共同参画局「配偶者からの暴力被害者支援情報」によると、平成二七年度 (平成七年四月~平成二八年三月)、婦人相談所や福祉事務所といった全国二六二か所の「配偶者暴力相談支援センター」に寄せられた、配偶者による暴力の相談件数は、約一一万一六○○件(平成二八年九月一六日発表)。平成二二年度の同調査結果(七万七三三四件)と比べ、四四%も増加しています。相談は圧倒的に女性からが多く、平成二三年度は七万六六一三件、二七年度は一○万九六二九件。一方、男性からの相談は、全体の約一~二%という割合です。

 このように相談件数は圧倒的に女性が多いことから、ここでは女性を例に引きますが、

「自分にはひどい夫でも、子どもにはよい父親だ」という証言を、被害にあっている人たちからよく聞きます。

 しかし、それは大きな間違いです。子どもは、暴力や暴言の被害に直接あっていなくても、それを目の前で見せられ、聞かされている時点で被害者なのです。いくら子どもにやさしい父親でも、子どもの気持ちを無視し、傷つけているのですから、決してよい父親などではありません。

 子どもが直接被害を受けていないため、これまで子どもの発達との関連性はあまり指摘されてきませんでしたが、両親間のDVを目撃すると、実際、子どものこころと脳には多大なストレスがかかります。仮に目の前では起きていなくても、子どもというのは敏感に家庭内の出来事を察知しているものです。そして多くの場合、自分が家族を守れなかったことに対し、罪悪感をもちます。

 あるいは、自分だけが被害にあっていないことに罪悪感を抱き、自分もまた加害者とし加担していると思い込んでしまうケースもあるようです。こうした罪悪感もまたトラウマ (こころの傷:心的外傷)となって、子どものこころと脳を蝕んでいきます。

 講演会や診療の現場など、機会があるごとに面前DVが子どもに与える影響についてお話しし、夫婦げんかはメールやラインでするようアドバイスしています。これは決して冗談ではありません。話し合いがヒートアップしそうなことがあれば、少なくとも子どもが見聞きしない場所でする。ぜひ、このルールをご家庭に導入してください。

 また、東京大学大学院医学系研究科のキタ幸子氏らは、DV被害を受けた母親三八名、 およびその子ども五一名を対象に、加害者である父親から隔離された母親と子どもの健康状態に関する調査を実施しました。その結果、「DV家庭にいた子どもの情緒・行動的発達へのDV加害者である父親との面会交流がおよぼす影響」がわかってきました。

 父親との面会が子どもの健康に与える悪影響として、内向的問題(たとえば、ひきこもり、 身体的訴え、不安/抑うつ症状)が、父親とまったく面会しない子どもに比べて、一二・六倍も増えることが判明したのです。研究ではDVの加害者が父親であるケースを取り上げていますが、DV加害者が母親である場合でも、同じことがいえると推測できます。

 このことからも、DV加害者である父親(もしくは母親)と面会することは、慎重な判断が必要です。子どもの養育をめぐっては、現在、政治的にもさまざまな動きがありますが、子どもの健康や安全を第一に考えた早期介入や、養育環境の早急な整備が必要になってきています。

より脳に大きなダメージを与える言葉のDV

 では、面前DVがもとで生じるトラウマは、子どもの脳にどのような影響をおよぼすのでしょうか。

 わたしがアメリカ・ハーバード大学と共同研究を行ったところ、子ども時代にDVを目撃して育った人は、脳の後頭葉にある「視覚野」の一部で、単語の認知や、夢を見ることに関係している「舌状回」という部分の容積が、正常な脳と比べ、平均しておよそ六%小さくなっているという結果が出ました。

 その萎縮率を見てみると、身体的なDVを目撃した場合は約三%でしたが、言葉によるDVの場合、二〇%も小さくなっており、実に六~七倍もの影響を示していたのです。つまり、身体的な暴力を目撃した場合よりも、罵倒や脅しなど、言葉による暴力を見聞きしたときのほうが、脳へのダメージが大きかったということです。

 DVの目撃による深刻な影響は、別の調査でも明らかになっています。詳しくは第二章で触れますが、ハーバード大学の関連病院の一つであるアメリカ・マサチューセッツ州クリーン病院において、身体的虐待・精神的虐待とトラウマ反応との関連を調査したマーチン・タイチャー氏の研究によると、トラウマ反応がもっとも重篤なのは、「DV目撃と暴言による虐待」の組み合わせだということでした。

外から見える傷はなくても脳は傷ついている

 精神的なマルトリートメントを受けても、外傷は残らないし、死に至ることもない―。本当にそうでしょうか?

 確かに直接的な意味では、精神的なマルトリートメントで死に至ることもなければ、事件になることもほとんどないでしょう。やせ細った身体に、無数のあざといった、目に見えてわかる痛ましい姿はそこにはありません。しかし、「こころ」、すなわち「脳」には大きな傷が残ります。そしてその傷の影響は、じわじわと子どもに現れてきます。あるいは忘れたころに突然出現し、後遺症として子どもを苦しめることになるのです。

 DVの目撃によって「舌状回」が萎縮するというのは、ほんの一例です。研究では、マルトリートメントの内容(種類)に応じて、脳の別の部位も変形することがわかっています。

 その結果、うつ状態になる、他人に対して強い攻撃性を示すようになる、感情を正常に表せなくなるといった症状が出てくる場合があります。拒食症、自傷行為などで体を傷つける、薬に依存するなど、健康的な日常生活を送ることが困難になるケースも決して少なくないのが現状です。最悪の場合、犯罪や自殺に走る場合もあります。

 精神的なマルトリートメントは、決して軽微な虐待などではありません。目には見えないものの、真綿で首を締めるように、長い年月をかけてじわじわと被害者を苦しめる、常に残虐な行為なのです。



男はつらいよ 令和

男はどこまで我慢するべきなのか 妻の言動は虐待なのか性格の問題なのか線引きの難しさ そしてそれゆえに離婚の成立要件にならない現状 これらの問題に正面から取り組む

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